【残念な報告】札幌に住むことができなくなってしまいました。

お久しぶりです、みかげです。

今回は残念な報告をしなければなりません。

タイトルの通りですが、しばらく札幌に住むことができなくなってしまいました。

以下に理由と経緯をお伝えします。

はじめにお伝えしますが、あなたが思ってる以上にネガティブな内容が書いてあります。

また、自分語りを延々としていきます。

ですので、このブログをむかしから知っている人や私をリアルで知っている人だけお読み頂ければと思います。

前半は記憶が飛んでるというか、思い出したく無いので、アッサリ書いてあります。

またいつもと違ってスマホで書いてるので読みにくい部分や誤字もあるかと思いますし、いろいろあったのでごちゃごちゃしててわかりにくいと思いますが、すみません。

目次

行ったり来たり移住生活は最高で超楽しかった。何もかもうまくいっていた。

まず、去年から始めた札幌と新たな移住地の行ったり来たり移住生活ですが、最高に楽しく充実していました。

毎日が楽しく、自分の選択は正しかったと、確信していました。

最高にハッピーに過ごしていましたね。

ノリに乗っていて、とても充実していました。

6月に札幌に戻って来てからも、離れていたからこそわかる札幌の良さを再認識出来て、こっちの人達とも変わらず穏やかに過ごせて、何の不満もありませんでした。

さらに、移住してた場所の友人達が私に会いに北海道に遊びに来てくれて、札幌や小樽を案内したりしました。

去年から始めた行ったり来たりですが、最高に楽しく、今までの人生で今が一番楽しいと感じていました。

8/19 運命の日

そして運命の日が訪れます。

前日に長く書いていた執筆が終わり、とても疲れていたので休むつもりでいました。

朝からお風呂に入って、昼はスープカレーでも食べに行こうと思いいつも行っているお店に行きました。

混んでたので20分ほど待っていつも通り美味しく食べて店を出ました。

すると異変に気付きました。

「あれ?なんか歩幅が狭くなってるな?」

なぜか、大股で歩けないのです。

歩幅がいつもの半分ぐらいになっているのです。

とりあえず自転車に乗って家に帰りました。

その後、たまたま通っている整骨院の予約が入っていたので行きました。

施術で行く前より良くなりました。

どうやら原因は、スープカレーのお店の固い椅子に長く座っていたことがトリガーだったみたいです。(後に後述)

帰ってきて何もせずに安静にしていればよかったのですが、私は焦っていました。

なぜなら3週間後に移住予定だったので、1日でも早く治したいと思っていたからです。

何かストレッチでもした方がいいからなとYouTubeで検索してやっていました。

そして夕方になると激痛に襲われました。

まともに歩けなくなり、家の中をほふく前進で進んでいました。

しかし、激しい激痛でしたが、3日ほどで治り、なんとか新たな土地に移住しました。

9/8 移住するもどこにも行けないし、仕事もできないし、遊べないのでイライラしていた

炎症が収まり痛みがなくなり、ホッとしていました。

予定通り9/8に移住しました。

また、移住後も治療を受け、改善傾向でした。

しかし、すぐに治ると軽く考えいた私は超焦っていました。

椅子に長く座れないので、まったく仕事はできていなかったためです。

それに、まだまだ歩幅が狭く、本来の半分のスピードでしか歩けないので、イライラしていました。

せっかく移住したのに、どこにも行けないし、椅子にも長く座れないので仕事もできません。

仕事したい、外に行きたい、友達と遊びたい、旅行したい気持ちが膨れ上がっていました。

私は引きこもってるのは苦手で、外でいろんなものみるのが好きです。

せっかく新たな土地に移住したのですから、その気持ちは数倍にもなります。

外に出ても、「ああみんな普通に歩けていいな、座れていいな」としか思えなくなっていました。

9/26宅急便でやらかす

9/26も忘れられない日になりました。

少し重い荷物をAmazonで注文しました。

置いて受け取ればよかったのに、ついそのまま手で受け取ってしまったのです。

その時に、お尻の右側が引っ張られる感覚がありました。

ただ、痛みは無かったので、軽く考えていました。

10/3 趣味友達と、焼肉を食べる

趣味友達と趣味をして焼肉を食べました。

この時はクッションを持って行って25分ぐらいまでなら椅子に座っていられたので、定期的に立ち上がって食べました。

少し痛みはありましたが、久々に友人とご飯が食べられて嬉しかったです。

これが最後です。

治療が効かなくなる、どんどん悪化していく

それからというもの、なぜか通っていた治療が効かなくなりました。

改善どころか悪化し始めたのです。

しばらくなかった痛みも発生するようになりました。

もう仕事復帰どころの気持ちでは無くなってき、いままで当たり前に出来ていたことが出来なくなっていき、恐怖を感じるようになっていきました。

10/15 スーパーで買い物ができなくなる

歩くのがしんどくなり、スーパーに行って買い物することができなくなりました。

自炊ができなくなる

自炊ができなくなりました。包丁で野菜を切ったりすることもできなくなりました。

台所で立ってご飯を食べるようになる

座ってるとピリっとした痛みがでるようになったので、台所で立ってご飯を食べるようになりました。

膝から下に手が届かなくなる

膝から下に手が届かなくなりました。

モノを拾ったり移動させることが限定されてきます。

毎日怖くて泣くようになった

このときが最も怖く、人生を悲観し、先の見えない恐怖に襲われ毎日泣いていました。

先生に聞いても良くなるよとしか言われず、治るのか?と質問してもはぐらかされるようになってきました。

人生やり直せないか?あの日に戻ってタイムスリップできないか?と700回ぐらい妄想していた

8/19のあの日にやらかさなければ、、と毎日後悔ばかりしていました。

人生やり直せないか?

あの日にタイムスリップできないか?

と妄想ばかりしていました。

タイムスリップなどできるわけがないのは頭ではわかっているのですが、苦しかったのです。

小説やむかし堂本剛くんのドラマみたいにタイムリープできないかと、検索しているレベルでした。

「自分が過ごすはずだった未来」を考えるとダラダラと涙が落ちて来る

本来の私であれば、移住先には前知り合った友人もいるし、新しい友人もできてるだろうし、新しい土地を元気に歩いて、好きなコメダで仕事もして、旅行もして、毎日ハッピーに過ごしていたのだろうなあ

と考えると涙が数十分間止まらなくなります。

それに、みんなも毎日仕事して誰かと過ごして、いろんなことを頑張っているのに、俺は、何やってるんだろう。。と惨めでたまりませんでした

過去のスマホ写真やツイートを遡ると、ああこの頃はまだ歩けたなと悲しくなる

何気なくスマホの過去写真を見たり、過去のツイートを見ると「あの頃はまだ歩けて走れてどこにも行けたな」と涙が出てきます。

みんなの北海道ツイートがまぶしい。行けなくて悲しい。

Twitterを久々にログインしてみたら、みんなの北海道の投稿がまぶしかったです。

大好きな北海道に、もうしばらく自分は行けないのだと思うと悲しくてたまりませんでした。

冬はこっちに住むつもりでしたが、10月は札幌に2.3泊するつもりだったためです。

いいねなどするきになりません。

完治しないことを知る。

そしてついに完治することは無いことを知ります。
一生治らないのです。

スポーツや走ることは、もうできません。

北海道の大地を走ることは一生できません。
毎週ランニングしていた豊平川を走ることは一生できないと考えると、つらく、涙がポタポタと落ちてきます。

旅行も、今までのように朝から晩まで不可能です。
札幌だけならまだしも、2泊3日の北海道旅行は無理です。
北海道旅行は移動が多く、座る時間も長いので、尚更難しくなります。

苦しい現実を受け入れられなかった。

今は苦しくても、いつか元通りの生活に戻れらは良いと思っていました。

それを支えに我慢して頑張ってきました、

しかし、旅行もできなくなるという事実は、心が折れました。
素直に、わかりましたと受け入れることなどできず、しばらく平常心でいることはできませんでした。

趣味友達の集まりに行けない。

趣味友達がいてTwitterで専用アカウントを持っているのですが、SNS投稿をみるのがつらかったです。

なぜなら、本来障害になってなければ、自分はあの写真の中にいて、皆と楽しく笑って過ごせていたのですから。

誰かを羨ましいのではなく、こんな障害にならなければ、当たり前に自分が得られていた未来なのですから。

悔しくて悔しくて、よく泣いていました。

超涙もろくなって、自分で自分に驚く

ほんとうに毎日まくらがビッショリになるほど泣いていましたが、元々泣かない人間だったので、自分で自分に驚いていました。

家でひとりぼっちで横になって何日も過ぎていく。

まともに歩けないし、座れない。

ベッドに横向きで寝ているだけで、毎日が過ぎていきます。(仰向けに寝ると痛い)

なんで自分は生きてるのだろう?と問いかけていく日々です。

貴重な人生の時間が湯水のように消費されていきます

握力がなくなる、ボタン類を押すと痺れるようになる

エレベーターのボタンや玄関のインターホンなどのボタンを押すだけでピリっとくるようになってしまいました。

脚がビリビリと痺れる

足も電気が走ったようにビリビリと痺れるようになってしまいました。

1.5リットルのペットボトルも、持たなくなる

力が入らなくなり、ついに1.5リットルのペットボトルすら持てなくなりました。

その他、言語化しにくい日常のふとしたことができなくなってきました。

ズボンや靴下を履くのが1分ぐらいかかるようになる

ズボンや肩下を履くのに1分ぐらいかかるようになってしまいました。

また、大半の家事ができなくなり、ゴミが床に落ちてしまっても、拾えないし片付けることもてきなくなってしまい、家が汚くなっても何もできなくなってしまいました。

歩幅がどんどんなくなる痛みもでる

9月の半分以下になりました。

健康なときは徒歩5分の道が、9月では10分ぐらいでしたが、今では5倍の25分はかかります。

5分も歩けば、仙骨に痛みも出てくるようになってしまいました。

悪化していくのが怖くてたまらないし、治療も効かなくなったし、もうこの世からおさらばしたいよねと毎日考えるようになる

見出しの通りです。

希望が何も見えず、真っ暗でした。

日に日に壊れていく自分の体が怖かったです

絶望しかありませんでした。

もう、自分の人生は終わってしまったと思い毎日消えることばかり考えていました。

10/30 埼玉から母親に来てもらう

家事の大半ができなくなってしまったので、埼玉から母親に来てもらいました。

最初は情けなくて仕方ありませんでした。

本当だったら、せっかく来たのだから移住地を案内して、観光を楽しんでもらって、一緒に美味しいご飯を食べて、と親孝行して楽しませて、喜んでほしかったです。

それなのに、ただ自分の家で料理やゴミの片付けをさせて、自分はベッドに横たわることしかできない…

翌日になったら飛行機に乗って埼玉に帰って行く…

悔しくて悔しくて必死で泣くのを堪えていました。

母はもう68なのに、なんで俺が介護してもらう側になってんだよ…

自分が情けなくて情けなくて悔しくてたまりませんでした。

でも、悪いのは障害です。

障害になってしまえば、自分だけでなく、誰でもそうなってしまうのです。

そうやって仕方ないと何度も自分に言い聞かせ、堪えました。

11/1 やっと県1番の病院を見つけ、改善傾向になる。

やっと県一番の病院を見つけ、治療を受け、改善傾向になりました。

治療直後から、歩幅を始め、足の痺れや握力など、上記のすべての症状が良くなりました。

症状がやっと底を打ち、救われた気分になりました。

やっと、光が見え、毎日泣いていて、この世から消えることだけ考えていましたが、生きていこうと決心することができました。

仙腸関節障害

私の障害は、重度の仙腸関節障害です。

多分97%ぐらいの人がなんじゃそりゃ??
と思ってると思うので簡単に説明します。

場所は以下の画像の通りです。

腰の下ですね。

仙腸関節に障害が起きると、手足などと繋がっているため、私は握力が無くなったり、足がビリビリと痺れるようになったのです。

また、現代医学では完治することはできません。

治るタイプもありますが、私は治らないタイプのようです。

また、症状はかなり個人差があり、痛みが伴う人が大半です。

私は、どうやら間接の可動域が狭くなってしまっているので、歩幅が狭いのが、主な症状ですが、歩幅は普段と変わらない人もいます。

軽度の人は仕事もできています。

私の実際の関節可動域制限

私は9月の時点では軽度〜中度ぐらいでしたが、今は仕事どころか、ゴミ捨てや洗濯すら出来なくなってしまったので重度かと思われます。

仙腸関節障害になりやすい人
・デスクワーカー
・産後のママさん
・バレーダンサー
・中腰などで重い荷物を日常的に持つ人

って感じです。

原因は色々ですが、私の主な原因はデスクワークで、長年、同じ姿勢を長くとっていたことで、仙腸関節の機能や動きが悪くなってくるのです。

また、私の場合、ガリガリでお尻の肉が薄いこともあり、元々、長年椅子に長く座れないのは自覚症状としてありました。(なので良く席を立って歩いていたりはしました)

それが、8/19に固い椅子に反り腰気味の姿勢で25分ぐらい座ったことが衝撃となり、仙腸関節障害が引き起こされたと考えています。

また、加えてわたしはストレッチや筋トレなどを最近過剰にやっており、それも一因です。

さらに直後にYouTubeのストレッチをするなども良くありません。

不幸にもすべて重なって引き起こされたのかなと推測です。

普通はここまで、重度になりません。

後悔しても悔やみ切れませんがなんて馬鹿だったのだろうと思います。

また、当日すぐに今の治療を受けていれば一発で治っていましたが当時は、今の治療を知らなかったので仕方ありません。

とりあえずの治療期間は1年〜2年ぐらい?

治療に効果があったとは言え、すぐに良くなるほど甘くはありません。

握力などは、戻ってきていますが、歩幅などは治療直後は2倍になりますが、次の治療までには元通りになってしまいます。

重度なので、最低でも1年は治療が必要ですし、2年以上かかるかも知れません。

また、改善傾向になってきましたが、完治することはないのですから、どこまで改善するかわかりません。

完全に個人差があるのです。

もちろん徐々に良くなっていけば、できることは少しずつ増えていくと思いますが、個人差があるので誰にもわからないのです。

とりあえず、まずは、日常生活を送ることになることが目標ですね。

障害になってしまったことは、とても悲しいですが、得ることはとてもありました。

お伝えしたように、治療のため、目先のしばらくは、札幌に住むことはできません。

また、AKA博多法という仙腸関節の治療を受けているのですが、この治療をできる先生が、全国で100人もおらず、なんと、県に数人しかいないのです。

調べましたが、北海道では2人のみで、札幌は0人です。
そのため、治療が終わるまでは札幌に住むことは出来ないのです。

障害になって、得られたことと、感謝してること

このままだと暗い気分で終わってしまうので、障害になって得られたことや感謝してることを書いていきます。

当たり前の日常が幸せだったことが心で理解できた。

今まで当たり前の日常が幸せでした。

仕事ができて、家事が出来て、友達と遊べて、自由に歩いて好きな土地に行く。

こころで理解できました。

今までの悩みがいかにちっぽけだったかと感じた。

とりあえず人生で一番苦しかったですね。

やはり完治しないというのが大きく、旅行や運動が99.9%一生できないという事実はとてもショックで、受け入れるのに時間がかかりました。

今までのお金や仕事や人間関係の悩みやコンプレックスや恋愛の悩みがいかにちっぽけなモノだと感じました。

仕事のことで悩んでいた過去の自分が羨ましいですね。
それは贅沢な悩みなんだよ。と思います

脊髄損傷の方などのYouTubeでとても勇気をもらえた

YouTubeでよく脊髄損傷や事故で両足が無い方などのYouTubeをよく観るようになりました。

ただただ、すごいなとしか思え、観てるだけでゆうきが出てきます。

スマホでいつでもみれるので、とてもありがたいなと感謝しています。

また、街で車椅子の方や杖ついて歩いている人に、心の底から尊敬の念がマグマのように湧き出てくるようになりました。

障害は負った人でしかわかりません。

理屈では、前まで想像すればすごいなと思っていました。

しかし、そんな薄っぺらい感情ではなく、心の底からマグマのように湧き出るくるほど尊敬できるようになりました。

うつ病の方のYouTubeで、引きこもってるのは自分だけで無いのだと孤独感が和らいだ

11月はよくうつ病YouTuberの方の動画を見ていました。

まるで関係無さそうでも、家で引きこもっている点は同じです。

何も出来ず、仕事もできない自分はダメだと責めてしまう点も同じです。

コメントの多さからもこれだけ多くの人が、療養しているのだ、自分だけではないのだと感じ、孤独感が和らぎました。

しかも5年や10年も療養している人もざらにいます。

基本ですが、同じ境遇の人がいるだけで気持ちが安定します。
逆に、自分だけだと思っていると苦しくなります。

症状は違えど、治療に通い、無理せずゆっくり生活することが大切なのは同じです。

私が焦らなくなったのもこの方のおかげなので、感謝しています。

9月は何もしていない自分はダメだ、と焦っていましたが、今は「障害だから仕方がない、ゆっくり過ごそう」と自分を受け入れられるようになりました。

過去の自分は他人。新たな自分で生まれ変わった気持ちでいること。

過去の自分は他人です。

やはり、同じ人間だと思うと、過去の自分と比較してしまって今はまだ苦しいです。

もう、あの日から自分は生まれ変わったのだと思っています。

せっかくこんなクソめんどくさい障害になったので、情報発信して、過去の自分のような、人を勇気づけたい。

この障害は、あまり知られておらず、まともな内容を、書いている人がほとんどいません。

中には悪化する内容もあり、YouTubeでおすすめのストレッチをしたら私は悪化しました。
(中には効く人もいるようですが、筋トレ、ストレッチ系は私は全部悪化しました。)

また、私も最初そうでしたが、仙腸関節障害は、普通の整形外科に行っても原因不明で追い返されます。

普通の整形外科に行くとまずレントゲンを撮ります。

そして全く異常が見当たらないので、どうして痛いんだろうねぇと言われ湿布だけで出されて追い返されます。(私も最初これでした)

なぜなら骨は正常だからです。

そして問題のある関節の動きが、レントゲンでは一切わからないので、特定できないのです。

レントゲンに映らないのもあり、現代医学で治すのが難しいのです。

ですので、書いて情報発信するつもりでもいますね。

思えば、この札幌移住ブログを書いた時もまともな情報がなくて苦労したので、過去の自分に伝えたいと思ったことを書いてきました。

今でこそ多くの移住情報がありますが、当時は情報が少なかったこともあり、札幌移住したい方の助けになれて嬉しかったです。

それと同じで、過去の自分に伝えたいことを書いていこうと思っています。

お伝えしたように、私もそこそこメンタルをやられましたが、リサーチしていると、将来を悲観し、睡眠障害などにもなり、精神科か心療内科に通院される方もかなり多いです。(無理もないかと思います)

せっかくこんなクソめんどくさい障害になったので、せめて過去の自分と同じような人の助けになりたいと思っています。

この障害の苦しみの強さを知っているので、誰か1人でも助けになれれば、それはとてもとても嬉しいことです。

みんな元気で健康でいて欲しい。それだけでいいんだよ。と強く思う。

まあこれに尽きますね。

健康は大事と理屈ではわかっていても、結局心でわかっている人は少ないかなと思います。

自分も思い返してみれば、休むのが苦手で、頑張ったり、肉体酷使して遊んだり、疲れ切るまで旅行するのが好きでした。

行動している方が安心していました。

ちょっとムチャして行動している自分が好きでした。

弾丸旅行したり、行動力ある自分が好きでした。

ただ、今となってはもっと自分を休ませてあげればよかったと強く思います。

今回の件で、痛いほどわかったのでもう私は無理することありません。
「足るを知る」と言う言葉の通り、もう今までの日常が幸せだったことに気付きました。
今後はゆっくりと生きていきます。

とりあえず、みんな元気で健康でいて欲しいです。

それだけでいいんだよとマグマのように思っています。

リアルで知っている友人はもちろん、一度しか会ったことない知人や、知らない人にでもそう思います。

誰であっても、自分のような目にあってほしくないと強く思っています。

お金の不安は正直あるが、一周回って、開き直って考えていない。

8/19から仕事してません。

また、PCは今後限られた時間しかできなくなるでしょう。

やはり、座るのが、最もキツいです。

今も靴下履く時ぐらいは座ることはなく、今後も、軽度になるまでは、台所で立ってご飯を食べるつもりでいます。

また、その他保証のお金などは一切もらえません。

フリーランスなのでサラリーマンと違って傷病手当はありません。

障害と言っても、介助は必要ないレベルなので障害者手帳ももらえません。

今は、過去の作品のおかげで収入はありますが、何も仕事をしなければ減っていきます。
今月は順位が落ちたことにより、ついに売上が大幅に下落して、貯金を切り崩す生活が始まりました。

このまま売上復活できなければ、1年後には貯金が200万ぐらい減ってるかも知れません。

このままある程度良くなるまでに、貯金が持ち堪えられることを願うばかりですが、考えても落ち込むだけなので、一周回って考えないことにしています。

まとめと言い残したこととか

嬉しい報告が出来れば、よかったのですが、こんな暗い内容で申し訳ありません。

想像を超えるネガティブな内容だったかと思います。

しかし、何も書かずに消えるよりも、真実を伝えるのが私のブロガーてしてのプライドです。

以上のように、今の私は移住するとか旅行するというステージにいません。

札幌の情報についても当面住むことは出来ないので、発信はできなくなり申し訳ありません。

まずは、ゴミ捨てや洗濯などの家事を自分でできるようになりたいですね。

今も実家から母に毎月定期的に来て、やってもらっているので申し訳ないですから。

とりあえず今も座るのは10分が限界なので、飛行機に乗れないため、札幌に行けませんし、実家にも帰れません。

まさか34歳で障害を抱えるとは夢にも思いもしませんでした。

8/19まで私は元気で、毎週豊平川を走っていて、毎月のように飛行機に乗って、好きな土地に行って、友達も増え、自由に楽しく生きていました。

本当に幸せでした。

しかし、私の健常者としての人生は終わりました。

現代医学では完治することはありません。

とは言え、軽度レベルまで改善することはできるはずです。(じゃないと困るw)

その点が救いなので、こうしていきています。

軽度になれば、ある程度座れたり、友人とご飯を食べたり、適度に散歩することも、なんとか飛行機に乗り札幌に行くこともできるようになります。

実際、時間はかかっても仕事復帰されている方も多くいます。

その先のことは、考えたくないので、軽度になってから考えることにします。

また、できないことばかり見つめても落ち込んでいくだけなので、できることにスポットを当てています。

こうして、ペットで横になりながら、スマホでブログを書くこともできます。(PCよりくそめんどくて12時間ぐらいかかったけどw)

普段はYouTubeやAmazonプライム見たり、一番の趣味の頭脳ゲームをしたり、趣味繋がりのTwitterで趣味友達と話したりしてます。

4ヶ月振りに記事を書きましたが、スマホで書けたので、もう少ししたらスマホでどうにか仕事として記事を書くことも考えています。

スマホやYouTubeや趣味友達に支えられて生きていて、本当に有難いなと思います。

こんな障害にならなければ、こんな有難いなと感じることはなかったでしょう。

 

また、世の中には、治らない病気や障害でとても苦しい想いで生きている人がたくさんいます。

私など、今は無理せず、安静にしていれば痛みもほぼ少なくなってきたので、楽な方です。

出産の影響で産後に仙腸関節障害になり、毎日痛みを抱えながら、何年も子育てしなければならないママさんの方が遥かにキツいというか生き地獄です。

苦しんでいるのは自分だけだと思うと苦しくなりますが、知らないだけでたくさんの人がいるのです。

最近は同じ障害の回復者の方とも話していますが、皆この苦しみがわかっているので、見ず知らずの私にも、とても優しいです。

私も支えられてばかりではなく、そんな存在になりたいです。

とりあえず2022年が始まろうとしていますが、来年は何もしません。

病院、コンビニ、スーパー(調子良くなったら)
が私の行動範囲です。

まあすべて治療次第ですが油断して悪化させたくありません。つまずいて転んだりでもしたら一発アウトです。

今まで毎月のように飛行機乗ったり、行ってみたい場所に弾丸で行ったりしていたのが夢のようです。

でも、元々私は旅行好きではありません。
札幌移住してから旅行好きになっただけで、それまでは修学旅行除けば3.4回しか旅行はしていません。

ですので、むかしの自分に、戻っただけです。(せっかく旅行大好きになったばかりなので残念ですが)

また、このブログを、読んでいる人には、私の分まで北海道を満喫して欲しいなと思います。

今は北海道情報をみてもメンタルが落ち込むこともなくなってきました。

 

また、2年後とかであれば、日帰り旅行などはできるようになる可能性はありますので、その辺りで満足しときます。

生まれてから、一度も歩いたことが無い人もいるのですから、34年間健常者として生きてこれて有難いです。

すでに色んなモノを諦めていますが、この先もっと諦めていくこともあるかと思います。

泊まりの一般的な旅行は、多分一生できない、など受け入れがたい現実は、たくさんの涙と共に10月にすべて嘆いたつもりではいます。

この、ブログは北海道や旅行好きな人が多いのでそれがどれほどの苦痛かわかるかと思います。

 

冬の北海道も雪道が、危険なので、多分一生無理。。ですかね。。

もし、転んでしまったら衝撃で、一発で重度に戻るでしょう。。

冷たくなった冬の北海道の空気はもう一生吸えないのを想像すると、泣かなくなった今でも涙が少し出てきます。

今北海道にいる人、誰もが吸えるあの冷たい綺麗な空気が、今はとても恋しいです。

引きこもり生活に慣れてきたが、根底ではさすがに寂しい

最後に友人と遊んだのが10/3です。
それから母さんと病院の人とコンビニ店員さん以外と、誰とも会っていません。

慣れてきましたが、根底ではさすがに寂しいのだと思います。
年末なのに誰とも飲まないなんて、お酒を飲めるようになってから人生初です。

これが年末どころか、あと1年は多分続きます。

私はわりと一人が好きで、寂しがり屋ではありません。

とは言え、友人関係は大切にしていて、皆と飲むのは、絶対的に必要なことですし、仕事が忙しくても、必ず時間を確保してきました。

札幌の友人にも、やはり年に1回は会いたいですが、来年はまず札幌は行けないので素直に寂しいです。

もしかすると今後も一生行けないかもしれません。

こんな状況になっているので言いますが、みんなに会いたいですし、人の大切さが身にしみてわかりました。

死のうと思ったときに、今までの人生、振り返って、私はとても幸せだったと感じました。

小学校、中学校、高校、大学、から現在まで、結局思い返すのは人への感謝でした。

私はいかに周囲の人に恵まれ、おかげで楽しく過ごせたかと思うと、有り難くて、たまりませんでした。

皆、優しく、こんな自分と仲良くしてくれてありがとうと心から思いました。

今の自分では、どんな顔して会ったらいいのかわかりません。

誰にもこの障害のことは話していないので、皆移住先でも私が楽しく生きてるのだろうと思っているかなと思います。

上手く言えませんが、

私のことをリアルで知っている人は、私が軽度まで改善して、外食や飛行機に乗ることができるようになったら、あたたかく迎えてくれると嬉しいです。

当たり前のように、友達と飲んでいた日々が、当たり前でなく、幸せだったのだと心から理解することができました。

 

まあ、まったくまとまっていないし、書いてないこともたくさんありますが、そんな感じです。

私の34年の人生で一番苦しかった体験談をお読みいただきありがとうございました。

書くのは抵抗がありました。

何か無神経なことを言われたらどうしようとも思いましたし、誰にも詳しく言ってないので怖いです。(こっちの友達には軽く伝えてるだけ)

一部開き直ってあっさり書いてる部分もあります。

しかし、真実を伝えたかったですし、このまま何も言わないわけにもいきません。

あなたの今後の人生のためになれば幸いです。

また来年の後半とかには、近況を更新できたらと思います。

2 Comments

ろせん

みかげさん、ブログのご報告読まさせていただきました。みかげさんがこのような事になっている事を知らず、以前札幌移住についてのコメントを残したことを悔やみました…。今回の記事、長い文章を作ること、とても大変だったと思います。普段意識して生活してないけど、健康であることに感謝しなければならないなと思いました。私は今までもこれからも、みかげさんのブログが大好きです。

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みかげ

いえいえ!
良い気晴らしというか、まだ新しく読んでくれてる人がいて嬉しかったですよ。
長文ではなく、コメント程度であればスマホで負担なく返せるレベルですし。

まあ大変でしたね笑
誰も言ってくれないのでありがとうございます。

そうです、元気なのが一番ですよ。
他はなんとかなりますから。
ありがとうございます。

返信する

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